2005年6月24-26日ニューヨークのクイーンズというマンハッタンから北西にある地区でビリーグラハムクルーセードが行われました。
このクルーセードのために半年も前から、何十ヶ所もの教会で準備会、祈り会、カウンセラーのための勉強会などが行われ、ニューヨーク市にあるほとんどの教会が参加していました。そして、マンハッタンのみならずどこを歩いてもビリーグラハムクルセードのポスターが簡単に目に入ってきました。なんとハーレムの街にも25mほどの大きさの垂れ幕がさがっていました。
私はビリーグラハムクルーセードがニューヨークで行われることを聞いたとき、心を踊らせ、この日を半年間心待ちにしていました。
なぜ、私はこれほど期待していたかというと、あれは確か、1980年に旧大阪球場で開催されたビリーグラハムクルセードに私は参加したことがありました。そのときのクルセードに来た多くの人をビリーグラハム師は救い導いていました。当時5歳だった私はよく分からなかったのですが、あんなに人の集まるところは初めてであり、清らかな温かい光景を感じたことを今でも忘れられないくらい印象的でした。
それが、25年のときをこえて、今遣わされているニューヨークで再び見る機会が与えられ、神さまの導きを感じています。
また、私は是非この機会に妻を日本から連れてきて、この恵みを夫婦で分かち合いたいと心の中で計画していました。ちょうど一週間前に私はデボーションの中で旧約聖書にあるハガイ書の御言葉を与えられました。
主の使者ハガイは、主の派遣に従い、民に告げて言った。「わたしはあなたたちと共にいる、と主は言われる。」
主が、ユダの総督シャルティエル子ゼルバベルと大祭司ヨツァダクの子ヨシュア、および民の残りの者すべての霊を奮い立たせられたので、彼らは出て行き、彼らの神、万軍の主の神殿を建てる作業に取りかかった。それは6月24日のことであった。(1:13-15)
これによってクルセードの日にちとこの書による神殿の再建の期日が同じことに驚きを隠せませんでした。主の使者ハガイが民を神様の方向に導いたことと、ビリーグラハム師がイエスキリストを通して人々の心をつくり変えようとしていることが同じであると感じたのです。この感動を夫婦で分かちあいたかったのです。
三日間の集会で私と妻は日本語通訳のある2日目の土曜日に足を運びました。もちろん無料です。
場所はクイーンズの中で一番大きな公園“Flushing Meadows Corona Park”であり、公園の中にも数万人入れる会場がいくつも設置されていました。どの会場にも2-3台大画面のテレビがあり、メイン会場のステージの様子を見ることができるようになっていました。
「ビリーグラハムと友人たち」という題で始まった三日間の集会は彼のメッセージ、彼の友人たちの証やゴスペルアーティストとの賛美というコラボレーションのなか行われました。
その日の参加者8万人という様々な人種の中で行われた集会はすさまじい熱気でした。
通訳のなされる十数ヶ国の国旗が目印に立てられ、それぞれの言語が飛び交う中、私たちは日本人用の席を探し、日本語の通訳が聞けるようにセットしてあるミニラジオを借りて席に座りました。
クルセードはゴスペルミュージックという大きな枠組み中でR&B、ROCK,
POPSというジャンルの賛美が繰り広げらていきました。賛美中Holy Spiritが会場を包み込み、会場が一つになるのを何度も感じました。
その中をビリーグラハム師が友人の元クリントン大統領夫妻と共にゆっくりステージに出て来られました。瞳からは力強さがみなぎり、その存在は90歳近いとは思えない迫力で私たちにメッセージを語りました。
新約聖書マルコによる福音書10:17-27から、わずか20分のシンプルなメッセージでした。
キリストによってしか道が無いこと、お酒でも、パーティーも、sexも、ドラッグも、名声も、むなしいだけある。
イエスキリストだけが真に開放でき、キリスト以外救いはありません。
さああなたも自分の心にキリストを迎えてみませんか?
ビリーグラハム師のその言葉の後、一人一人立ち上がっていくではありませんか。
その間、ビリーグラハム師は静まっていました。
「さあ祈りましょう。まだ救われていない人々のために」
その日幾千人もの人がイエスキリストを受け入れたのでした。
3日間の延べ参加人数24万2千人、イエスキリストを受け入れた人数9400人。
私自身満たされ心の中があたたまる確かに本物の伝道者によるキリストの証でした。
私はイエス様に祈りをささげます
どうかさらにまた明日のクルセードで救われる人々が起こされますように
どうか私が正しく人々を導けるものであるようにと