Joshua message

#15

2005.06.14 5月のレポート
 

私は5月に日本に一時帰国する機会を与えていただきました。それはベニーヒンミラクルラリー(世界中のクリスチャンたちやキリストを信じたいと思っている人たちが集まる大会)に賛美ゲストとして出演するためとまた、阿倍野チャペルでコンサートすることが目的でした。

私は帰国する前にニューヨークで邦人伝道をすることになったきっかけの地へ訪れようと思いました


2002年夏にハーレムJPクワイア主宰のゴスペルツアーに私は参加し、ニューヨークへ来ました。
まず、そのときに訪れた場所、ジャズ・オン・ザ・パークに訪れました。
懐かしい思い出がよみがえってきます。今では大の仲良しになった鳥取クワイアの男性陣、神戸クワイアの学校の先生をされている男性メンバー、この時初対面であったこと、ホテルは同じ部屋で深夜まで語りあったことを思い出します。

私はツアー中毎朝セントラルパークに集まり、バイブルスタディをもちました。このときから聖書のメッセージを語るための準備をすることによって、自分自身が聖書の御言葉を蓄えることができ、
メッセンジャーとして伝道するきっかけの一つであったことを思います。与えられた聖書の箇所をみんなと分かち合うということ、とてもシンプルなことに今さらながら気づきました。


ツアー中オフの日に数人のメンバーとイタリアンのお店で軽く食事をし、Aライン列車を使ってグランドゼロを目指しました。多くの方の悲しみをうんだこの地に訪れたこの夜、私は涙なしにはこの場所にいることができませんでした。

今回、もう一度、3年前を思いだそうと思ったのは、 NYへ来て半年間、グランドゼロへ訪れることがなかったことにありました。
再び駅を降りたとき、昼間の雑踏、車のクラクション、人ごみにも関わらず、3年前と同じ感覚に陥りました。
体の震えが止まらず、今にも涙がこぼれそうでした。
私は十字架のモニュメントが見える位置で祈りました。
大粒の涙がこぼれると思いきや、すがすがしい平安が体の中を満たしました。
目に見えない人々の魂が未だ漂うこの場所に確かにキリストを感じることができたからでした。
それは、言葉で表すと、慰め・安心感・温かさに満ちた光のようでした。
また、私はこの場所でイエスキリストにおける”something Great”をいただきました。

私は マンハッタンに沈む夕日を横目に家へと足を急がせるのでした。
後半につづく

上原ヨシュア


グランドゼロ・・・2001年9月テロが起ったワールドトレードセンター跡地


「Jazz on the Park」



セントラルパーク


グランド・ゼロ


グランド・ゼロの写真"Picture Library"



Joshua message

#15

2005.06.14 5月のレポートII
 

幾日かがたち、妻の温かい歓迎と友人たちによって大阪に帰ってきました。
大会での賛美は帰国4日後でしたので、翌日にはその大会のためのリハーサルがスケジュールされていて、時差ぼけや疲労がでるところを神さまはきちんとわたしに切り抜ける体力を与えてくださいました。
大会は2日間あり、1日目の様子を見ることと、コンディションを整えるため、私は前日から会場の名古屋にはいり、私の楽しみの一つであった愛地球博にも短時間ですが訪れることができました。
会場の空気が私を包み込む。約8千人の人々を収容するレインボーホール。ここが今回の私のステージでした。
そこで印象的なベニーヒン氏のメッセージはこのような内容でした。
日本のテレビにはクリスチャン系の放映がほとんどない。
私は電波伝道にとても思いを持っており、日本でのテレビでの放映を実現させたい。
この集会を日本のテレビで見ることができるようにしましょう。
(アメリカではどの家のテレビでもチャンネルをかえるとゴスペルワーシップがあり、また牧師先生の説教が放映されています)
つまり、4ch,6ch,8ch10chでイエスキリストのことが流れるということですよ!
私は希望で胸が膨らみました。胸をおどらせました。それが実現されるとたくさんの人々に福音が訪れるということです。
それは、寝たきりの人であったり、まったくキリストのことを知らない人であったり、あらゆる人々にチャンスが訪れる、私はこのような思いでその夜会場を後にしました。


2日目、私は賛美する日がやってきました。私は京都中央チャペルの山本さんという方とデュエットする形で出演することになっていました。
曲はサンディパティとラーネルハリスの「more than wonderful」という曲でした。
控え室にスタッフのかたの声がこだまする。ではお二人方スタンバイをお願いします。
私は始めて世界中継せるからか、DVD販売さえるためか、衣装係がつきました(笑)
まるで映画のセットのような会場はわれんばかりの会場の拍手とジーザスコールでした。そのときでした。
「お二人方ちょっとまってもらえますか」とスタッフの方にとめられました。
そのとき告げられた言葉は「今ベニーヒンしから日本人賛美を全てキャンセルしてくれといわれました」
(ヨシュアの心の中は、なんということ・・・私はニューヨークからはるばるやってきたのに、神さま聖霊様どういうことでしょうか)と私の心はざわつきました。それと同時に祈りました。(主よ、あなたは万事を益としてくださる方です。私はあなたに全てをおまかせします。アーメン)
15分くらいたってから別のスタッフの方やってきました。上原さんと山本さんのだけお願いします。
賛美者は3組用意されていたのですが、他の2組はカットとなったようでした。
他の方々には言い表す言葉がありませんが、私は素直に神さまに感謝しました。
よし、フルに賛美するぞという思いとは裏腹に連日のハードスケジュールでこの声は疲労のピークに達していました。
しかし、曲のイントロが始まると、そんなことはふきとび、私はまさにmore than wonderfulを体験させていただきました。
ベニーヒン氏よりスタッフを通して、何者であるのか尋ねられました。
名前、自分の行っている教会名、ハーレムJPという団体からNew Hope Community Church で邦人伝道をしていることを伝えました。
今回の大会がテレビ放映されるとき、DVDなどのテロップにだされるそうです。
一時はどうなるかと思わされましたが、主は思いがけないプレゼントを与えてくれたのです。
ニューヨークのハーレムで日本人に伝道していることが世界中に知れるのです。
つまりそれはキリストの証人という記録です。こんなにうれしいことはありません。
この日約8千人のクリスチャンが世界中から名古屋に集まりました。
そして、本当に多くの人がイエスキリストを信じました。多くの人が癒されました。
ベニーヒン氏は言いました。
「ここから日本のリバイバルが始まる。私の名前ではなく、ただイエスキリストの名を伝えたいのです。」

今回この報告を読んでいただくに当たって、理解できないことがいくつかあるかもしれません。
聖書でイエスキリストは言っています。
  
   「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう。」
                                     ヨハネによる福音書13章7節

私はシンガーとして素晴らしい経験をさせていただいたと同時にミッショナリとしてニューヨークで伝道する思いをさらに抱くことができ、力づけられました。
そして、さまざまな思いを胸に抱き、会場を後にしました。

上原ヨシュア


back        next

back to the New York Report page


©2004-2005 JoshuaUehara all rights reserved